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ローカライズとはIT関連のソフトウェアやドキュメントの多言語化のビジネスモデルのことで、翻訳業界のなかでは作業の自動化、そしてグローバリゼーションがもっとも進んでいる分野です。
ローカライズから見える翻訳業界の未来をご紹介します



グローバリゼーション・コンサルタント
柳 英夫


コンピュータ分野のフリーランス翻訳者を経て、ベルギー本社の多国籍翻訳会社 (MLV) にてプロダクションマネージャーを経験。その後、株式会社ポルタスを設立、ソフトウェアローカリゼーションを中心に活動。現在は、グローバリゼーション・コンサルタントとして活動中。


 '00年代後半のローカリゼーション業界を占う

ローカリゼーション業界の近未来は、翻訳業界の未来
21 世紀になったのもついこの間かと思っていたら、もう 2006 年。'00 年代も既に後半です。

さて、今回は新年を記念して、'00 年代後半のローカリゼーション業界を占ってみたいと思います。あたるかどうか、その答えがわかるのは 5 年後。そのときにはどなたもこの記事を覚えていないでしょうから、大胆に(無責任に?)予測してみたいと思います。

ローカリゼーション業界は、グローバル化や技術採用のスピードが早いため、ローカリゼーション業界を観察すれば、翻訳業界の「既に起こった未来」を見通すことができるでしょう。翻訳業界の未来を語るには、ローカリゼーション業界の過去と現在が参考になるはずです。
 
未来は過去から現在への延長線上にあります。未来を語る前に、まずは過去を振り返ってみましょう。そこに未来のヒントが隠されているはずです。

今回は、ローカリゼーションビジネスというゲームのルールはどう変わってきたのか。これからどう変わろうとしているのか。それを紐解いてみたいと思います。


'90 年代前半/黎明期
〜 企業、翻訳会社、翻訳者が個々に手探りした時代 〜
ローカリゼーションという言葉が生まれ、認知されるようになったのはこの時期です。インターネットもなく、パソコン通信の時代。Windows 95 もなく、Windows 3.1 の時代。

この頃は、誰もが試行錯誤でした。TRADOS もなく、FrameMaker (日本語版) もなく、HTML/XML もなく、今と比べれば、はるかにローテクで、はるかに牧歌的な業界でした。


'90 年代後半/TRADOS の登場
〜 ツールを使って翻訳する時代 〜
トランスレーションメモリーというコンセプト自体は 90 年代前半に既にあり、IBM 社の TM/2 という製品が一部で使われていました。しかし、業界に大きな影響を及ぼすには至りませんでした。
 
トランスレーションメモリーという技術がローカリゼーション業界を席巻したのは TRADOS Translator's Workbench でした。マイクロソフト社の出資を受けると同時に、マイクロソフト社の標準ローカリゼーションツールとして採用されたことも大きく、その後は業界が TRADOS 一色に染まります。
 
TRADOS の出現で、ゲームのルールがひとつ変わりました。翻訳会社にとっても、翻訳者にとっても、高価な TRADOS のライセンスを所有し、使いこなせること、が仕事受注の条件となります。

また、トランスレーションメモリーに登録されている過去訳は、その訳文品質が粗悪だろうと必ず踏襲せねばならず、その流用対価はほとんどもらえなくなりました。翻訳対象ワード数の計算も複雑になり、見積書の作成時点で高度な技術力が求められるようにもなりました。

同時期、FrameMaker Windows 版が日本語に正式に対応します。TRADOS も S-Tagger というツールを通して FrameMaker に対応し、TRADOS を使えるかどうかのみならず、FrameMaker が使えるかどうか、も、翻訳会社にとっては一大事となります。当時の翻訳会社の営業文句は、「TRADOS できます、FrameMaker できます」といったものでした。

ローカリゼーション業界の形や実質的な定義はこの時期にできたと私は考えています。ここで実質的な定義とはどういうことかというと、本質や定義の正しさはどうあれ、業界人がどういう意味で「ローカリゼーション」という言葉を使っていたかということです。

つまり、ローカリゼーションとは、TRADOS を使って翻訳し、FrameMaker に代表される技術的に少し高度なドキュメントツールを使わなければならない翻訳の一分野、という定義です。

もちろんこれは乱暴な定義ですが、だいたいこの意味で理解していて間違いはありませんでした。


'00 年代前半/技術的停滞期
〜 総合力(問題解決能力)が問われる時代 〜
2000 年になり、ここからの 5 年間は技術的には停滞期だったといえます。TRADOS を越える新しいテクノロジーの登場もなく、TRADOS 社自体も新しい技術の方向性をマーケットに対して的確に示し得ていなかったのではないかと思います。

この時期は、アメリカのドットコムバブルの崩壊によって始まり、IT 産業の景気に大きく左右されるローカリゼーション業界にとっては受難な時期でもありました。

と同時に新しいビジネスチャンスも生まれました。 ドットコムバブルの崩壊により、IT 企業は「アウトソース指向」を強めます。
  ここでまたゲームのルールが変わります。

大手 IT 企業は、社内に多数のローカリゼーション担当者を抱えていたのが、担当者が減り、それまで IT 企業社内で行われていた「品質管理」「プロジェクト管理」「技術支援」がローカリゼーションサービスプロバイダーにまかされるようになります。

総合力が問われる時代です。
総合力とは、問題解決能力、と言い換えることができるかもしれません。

それまで、問題解決はクライアント側企業が行い、ベンダー側は与えられた指示に従って TRADOS と FrameMaker を使いながら翻訳をしていればよかったのですが、それ以上のことがベンダーサイドに求められるようになります。

クライアント側のアウトソース指向は、多言語一括発注も促進しました。技術面での総合力のみならず、言語面での総合力も問われるようになります。

総合力をもつには、ある程度の事業規模が必要で、90 年代前半/後半にある一定の事業規模を獲得していた企業のうち、'00 年代前半の新しいゲームのルールに乗れた企業が躍進していくという世界的傾向が生まれます。


'00 年代後半/マネジメントの省力化
〜 一連のプロセスの中から人的介在を排除 〜

ローカリゼーションのトータルコストを削減したい、という願いはすべての IT 企業がもっています。

コスト削減というと、安易な翻訳単価の価格競争を想像しがちですが、「トータルコスト」という観点から考えたとき、「翻訳単価」の 1 円、2 円は、大きな違いとならないという現実があります。

一説では、ローカリゼーションのトータルコストのうち、「翻訳」に使われているお金は全体の 40% にすぎず、残りの多くは膨大な、事務的、ときに官僚的な「マネジメント」に費やされているといいます。

マネジメントとは、プロジェクトマネジメントですが、そのほとんどは、「情報とファイルの右へ左への受け渡し」を永遠と繰り返しているだけです(プロジェクトマネージャーの方ならうなずいていただけると思うのですが、マネジメントの仕事のほとんどは、情報とファイルの「ロジスティックス」を手作業でさばくことといえます)。

この情報とファイルの「ロジスティックス」は「自動化」できるのではないか、という「気づき」から、GMS (Globalization Management System) というシステム製品が登場しました。代表的な製品としては、米国 Idiom 社の WorldServer があり、このシステム製品が目指すところは、究極的には、「無人翻訳発注システム」といっていいでしょう。プロジェクトマネジメントの自動化/省力化です。

翻訳の前後にローカリゼーションエンジニアが行っていたさまざまな技術処理も「ワークフロー」の中にオートマティックアクションとして埋め込んでしまい、一連のプロセスの中から人的介在をできる限り排除します。

人的介在がなければ、マネジメントの必要もなく、人間が行う作業は「翻訳」のみになります。

このときまた、ゲームのルールは変わります。
総合力が問われていた時代は終わりを告げます。

複数言語のローカリゼーションの同時進行を管理する「グローバルプロジェクトマネジメント」という役割も、その多くはシステム化され、自動化されるでしょう。

そのとき、サービスプロバイダーは二極化します。ローカリゼーションプロセスのシステム化を提案し、実装する企業と、最後の最後まで完全自動化のできない翻訳を請け負う翻訳会社に。

'00 年代前半は、一次請けは MLV、二次請けは SLV、という図式ができつつありましたが、GMS が浸透し、普及すると、この図式も変わる可能性があるでしょう。

GMS は翻訳者に対してどのようなインパクトをもつのか。ローカリゼーション業界のこのようなトレンドは、ほかの分野の翻訳産業にどのような影響を及ぼしうるのか。これらはまた別の機会に論じてみることにします。