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  ■講師 山本ゆうじ

言語・翻訳コンサルタント。国際学校UWCイギリス校で学び、筑波大学を経て、シカゴ大学人文学修士号を取得。帰国後、フリーランスの実務翻訳者として独立。緻密な合理化ワークフローにより、実務翻訳業務、また大規模翻訳・文書管理/作成の講習やコンサルティングを行う。近著にグローバル・スタンダードの教育を紹介し、日本の教育を問い直す『世界に通じる学校・国際学校UWCの異文化理解教育』など。現在、『通訳・翻訳ジャーナル』に、翻訳者を対象としたツール使いこなしについての「デジタル翻訳者の道具箱」を連載中。
「秋桜舎」のウェブサイトは、http://transpc.cosmoshouse.com/
ブログも開設中。http://cosmoshouse.air-nifty.com/


第8回 翻訳発注者が知っておくべきこと

鶴岡八幡宮

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。今年は私のささやかなノウハウをまとめた書籍を出させていただく予定です。現在鋭意執筆中ですので、どうぞご期待ください。

さて、「なかなか思うとおりの翻訳をしてもらえない」「結局自分で全部翻訳しなおすはめになった」という声は、翻訳発注者から少なからず聞きます。また、翻訳者として受注する側の立場では、なかなか要望があっても伝えることが困難かもしれません。翻訳の発注側と受注側の意思疎通がうまくいってないと、双方にとって悲惨な結果になります。今回は発注側の立場から「翻訳者によい翻訳をしてもらうために」何ができるか、発注者が最低限知っておくべきことをいくつか考えてみます。これは最終的には翻訳者にも関係してくることです。当たり前のようなことかもしれませんが、なかなか実践されていないことも多いようです。



「どのような翻訳にしたいのか」という方針をまとめる

「どのような翻訳にしたいのか」ということをきちんと伝えないと、翻訳の受注側は推測するしかありません。社内で、翻訳の品質に最終的に責任を持つ人が、翻訳の方針を認める必要があります。方針の大枠が決まったら、それに基づいて用語集とスタイル ガイドを作成します。


翻訳を発注するときは一つの窓口(翻訳責任者)を通す

翻訳を発注するときは、一つの窓口(すなわち翻訳責任者)を通すようにします。社内の各部門で翻訳の需要があるとき、それぞれの部門がバラバラに発注していると、非常に非効率的です。特に現代の翻訳工程では翻訳資産が再利用されることが常識となっています。一つの窓口からまとめて発注することで、確実にコストを減らすことができます。その窓口が同じ用語集とスタイル ガイドを使うことで、翻訳の品質も向上することができます。


用語集を作成する

現代の実務翻訳は、発注者が提供する用語集に基づいて行います。用語集というものはタダではできません。しっかりとした翻訳会社に依頼して作ることをお勧めします。ここで手抜きをすると、意味不明の訳語が使われ、訳語表記がバラバラになります。また、読み手(ユーザー、お客さん)を混乱させ、クレームを増やすことになります。ユーザーが誤解したままだと、場合によっては重大な事故につながりかねません。

自前の用語集を作るより、可能な限り業界標準の共通用語集を使用しましょう。と書きたいところなのですが、業界標準としてすぐに使える共通用語集はなかなかありません。共有ユーザー辞書仕様UTXの今後にご期待ください。共有ユーザー辞書仕様UTXメーリング リストを開設しました。どなたでもご参加いただけます。また近々、AAMTメンバーから言語処理学会でUTXについての発表が行われる予定です。


スタイル ガイドを作成する

表記の基準が定まっていないと、翻訳者が無駄に頭を悩ませることになります。そのためにスタイル ガイドを用意して、翻訳受注側に渡すことが重要です。

自前のスタイル ガイドを作るより、なるべく共通スタイル ガイドを使用しましょう。と書きたいところなのですが、業界標準のスタイル ガイドはすぐに使えるものがまだありません(事実上よく使われているルールはありますが)。表記を統一することは、文章を読みやすくするために非常に重要です。しかし、各クライアント個別のルールに合わせるために、翻訳会社と翻訳者は毎日膨大な時間を無駄に費やしています。翻訳業界内で早急に合意を形成して標準スタイル ガイドを作成すべきと考えます。各社の個別の事情と必要性に応じて、どうしても必要な場合にのみ個別のルールを設けるのがよいでしょう。


PDF原稿で発注しない

図 1 Word形式に変換したPDFの問題

図 1 Word形式に変換したPDFの問題


発注するときは、PDF形式の文書ではなく、必ずPDFの元になったファイルを提出して依頼するようにしてください。PDF形式は、文書の配布形式であり、編集するための形式ではありません。PDF形式からでも翻訳できないことはありませんが、以下の3つの余分な工程が発生します。

1. テキスト形式に変換する(書式を削除する)
2. 改行を削除する(タグ付き形式でない場合)
3. 書式を付け直す

図 1 は、PDF をWord形式に変換してWord上で表示させているところです(文はWikipediaの「Machine translation」の項より)。各行の最後に、本来は不要な改行記号が入っていることが分かります。緑色の下線は、文が分断されていること(文が小文字で始まっていること)をWordの文法チェッカーが指摘していることを示します。翻訳支援ツールを活用するには、これらの不要な改行記号をすべて削除する必要があります。

PDF形式をWord形式に変換するソフトもありますが、文字化けの確認などに時間がとられます。コピー不可能な設定がされていることや、フォント変換に問題がある場合にはさらに時間がかかります。それは、本来であれば翻訳そのものに使えるはずの時間です。文の役割が構造化されているXML形式が、理想的な翻訳原稿の形式といえます。


余裕を持って発注する

「明日の朝までに」という、急な仕事依頼を目にすることがあります。やむを得ない事情というものはあるものですが、余裕のない発注・受注には、ミスがつきものですし、チェックもおざなりになりがちです。クレジット カード、高級ブランド時計、航空会社、新聞など、客の高い信頼が要求されるはずのウェブサイトで、誤訳がよく見つかるものです。翻訳会社側も、急な仕事では優秀な翻訳者をすぐに用意できません。社内での意思疎通を円滑にして、余裕のある計画を立てることで、ミスを減らし、翻訳の品質を上げることができます。翻訳会社からの訳し方や表記などのフィードバックを受け、検討する余裕もほしいところです。

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