HOMEおすすめの新刊
選者・金田まさひろ

パンチョ・ビリャの罠
クレイグ・マクドナルド著
池田真紀子訳
集英社文庫
800円(税込)
パンチョ・ビリャの罠

1957年、メキシコ。犯罪小説家のヘクターは米国内への荷運びを依頼される。荷は行方知れずとなっていた革命家パンチョ・ビリャの首。高額の報奨金がかけられ、また財宝の在処を示す地図が隠されてもいる“お宝”だ。しかしそこへ連邦警察官が現れ、銃撃戦に。それはアメリカの秘密結社やメキシコの悪党たちを巻き込む争奪戦の始まりに過ぎなかった――。

 パルプフィクションの匂いがする筋立てだが、ビリャをめぐる史実をもとにプロットを組み、ヘクターと実在の人物たちを巧みに絡ませることで、奥行きと広がりのある物語になっている。例えば、映画監督・俳優のオーソン・ウェルズや作家ヘミングウェイがヘクターの友人という設定。さらに実際にパンチョの首に賞金をかけていたプレスコット・ブッシュ上院議員(アメリカ前大統領ブッシュの祖父だ)はもちろん、終盤には若き“ジョージ・W”まで登場する(ビリャの首とブッシュ家の関わりもまた事実らしい)。当時の映画人や作家、文化を生き生きと蘇らせつつ、最近流行りの言い方をすれば「ブッシュ・ビギンズ」にもなっているのだ。

 もっとも本質はアクションありロマンスありのクライム小説。ヘクターとその相棒、若き詩人バドのコンビが絶妙で、どこか『明日に向かって撃て!』を思わせる。名銃を手に悪党を蹴散らすヘクターと、つられていっぱしの男に成長していくバド。2人の物書きがカッコいい。



ソーラー
イアン・マキューアン著
  松村潔訳
  新潮クレスト・ブックス
  2,415円(税込)
 
ソーラー

 ちび、でぶ、禿げ。かつ根っからの女たらしで、結婚しては離婚の繰り返し。そんな中年の物理学者マイケル・ビアードは若くしてノーベル賞を受賞しながら、今や研究所の名誉職に収まり、かつての栄光は見る影もない。そんなある日、部下に新しい太陽光発電のアイデアを打ち明けられ、大いなる可能性を見い出す。名誉から実利へ鞍替えしたビアードは、投資家から莫大な資金を集め、研究に取り組み、特許を次々に取得。果たして、革命的な新エネルギーは誕生なるのか?

 原発事故により、日本国民は電力会社と国と学者のよろしくない関係を知ってしまった。この小説を読めば、地球温暖化とエネルギー問題をめぐる国と学者と投資家のよろしくない関係、そして人間のエゴを知ることになる。ビアードの可笑しくも悲しい人生を経由して、彼を取り巻く人間たちを通して。

 本当に地球のためなのかそれとも金儲けのためなのかがグレーゾーンにある怪しげな問題に切り込み、風刺も効いている。だがビアードというキャラクターは、それらを伝えるための単なる方便ではない。初老になっても食欲と性欲にギラギラし、唯我独尊のいやな人間だが、憎み切れないのはどうしてだろう?

 読み終えた直後、「うーううう」とうめき声を漏らしてしまった。何とも言えないこの読後感、今の時代だから噛みしめるべし。



殺し屋 最後の仕事
ローレンス・ブロック著
田口俊樹訳
二見文庫
920円(税込)
殺し屋 最後の仕事

1998年に刊行された殺し屋ケラー・シリーズ第1弾『殺し屋』(短編集)。この小説にスリルやアクションはない。独身の中年男ケラーに依頼される「殺し」こそ非日常だが、話はいたって日常的な雰囲気の中で進む。彼は様々な街に出張しては引越を考え、レストランの食事にあれこれ評価を下し、女性に心を許しもすればあれこれ悩みもする。中年男のそんな等身大の内面が描かれつつ、するりと「殺し」が絡む。そのアイデアは変化球に飛んでいて、短編ならではの醍醐味を存分に堪能できる傑作だ。

 そのシリーズ第4弾にあたる本作は長編であり、ケラーは最後の仕事を引き受ける。だが殺人依頼は罠で、オハイオ州知事暗殺の濡れ衣を着せられることに。それでも派手で緊迫感ある逃走劇に発展しないところが、このシリーズの“らしさ”だ。前半で描かれるのは、資金のやりくり、食料・ガソリンの調達に苦労しながら逃げる男の姿、そしてあれやこれやの自問自答。トーンはいたって「静」なのに、なぜかページを繰る手は止まらない。

 逃亡の途中でケラーは3人を殺すが、「殺人」の意味を二転三転させていくところが著者のうまさだ。ケラーはある出来事から潜伏の“形”を見つけ、罠を画策した人間への復讐に打って出るも、著者は手に汗にぎる展開には頼らない。人間をじっくり読める殺し屋小説が本作で完結してしまうとしたら、とても残念だ。